「居場所」になるカフェと、
ならないカフェのあいだ
コーヒーを注文して席に着いた瞬間に、ここが自分の居場所になるかどうか、なんとなくわかることがある。うまく言葉にはできないが、体が落ち着く感じと、どこかよそよそしいままの感じは、しばらくたつと確かに違う。何を頼んでも居場所にならないカフェもあれば、特別おいしいわけでもないのに毎週戻りたくなる店もある。この随筆は、その差がどこから来るのかを少し考えてみたものだ。
何度行っても「よそ」のままのカフェがある
写真で見て気に入って、口コミも悪くない。席に座るとコーヒーはちゃんとおいしい。それでも3回行っても4回行っても、どこか居心地が定まらない店がある。
最初の2〜3回はそれほど気にならない。どんな場所も、慣れるまでは少し余所余所しく感じるものだから。でも何度か通ってみて、毎回なんとなく体が緊張したままなら、たぶんそれはそういう場所なのだと思う。意地になって通い続けなくていい。
逆に、特別ではないはずなのに気づいたら定位置ができていた店もある。なぜあの店は居場所になったのか。思い返してみると、いくつか共通点がある。
静かさは、居場所の条件ではなかった
カフェを探すとき、まず「静かな席があるか」を条件にしていた時期があった。でもいくつか静かな店に通ってみると、静かさそのものが居心地をつくるわけではないと気づいた。
静かすぎる店では、逆に自分の存在が目立ちすぎる気がした。キーボードを叩く音も、コーヒーカップを置く音も、なんとなく申し訳なく感じてしまう。カップを置いたその小さな音が、やけに大きく響いた気がして、思わず肩がすくむ。程よい雑音がある方が、自分の気配が溶け込みやすい。
焙煎の香りが漂っている店、コーヒーマシンのごとごとした音がする店、隣のテーブルの会話が静かに聞こえる店——そういう場所の方が、体が自然に弛んでいることに気づいた。音を消すより、場のリズムに馴染めるかどうかの方が大事だったのかもしれない。
光の入り方と、体の向き
座ってみないとわからないことのひとつが、光の方向だ。窓際の席が好きで選んでいたのに、午後に行くとまともに西日が当たって画面が見えなくなったこともある。同じ席でも時間帯で別物になる。
体の向きも意外と影響が大きい。入り口や通路に向かって座る席は、人が通るたびに視線が動く。壁や本棚に向かって座れる席の方が、作業でも読書でもずっと続けやすかった。誰かに見られている感覚がなくなると、思っていた以上に集中できる。
これは使ってみないとわからない。口コミの写真だけでは判断できないし、昼に下見をして夜に来たら全然違う雰囲気ということもある。はじめての店は何度か時間帯を変えて試してみると、自分に合う「使い方」が見えてくる。
回転の速い店との、折り合いの付け方
「長居できるか」を重視するようになった頃、回転の速い店はなんとなく避けるようになっていた。でも考えてみると、駅近の混雑した店が速回転になるのは当然で、そういう店には別の使い方がある。
30分だけ集中したいとき、次の打ち合わせまで少しだけ時間をつぶしたいとき、そのためだけに使える店が近くにあると、むしろ便利だった。長居する気がない日に「居場所」を求める必要はない。
居場所としての店と、道具としての店を分けて持つようになると、カフェとの付き合い方が少し楽になった。居場所になる店は一軒か二軒でいい。道具として使える店は、駅ごとに一軒あれば十分だ。
定位置は、いつの間にかできている
居場所になるカフェを「探す」というより、気づいたら「なっていた」というのが実感に近い。最初から気に入ってという場合もあるが、何かのついでに寄ったら落ち着いた、たまたま座った席が良かった、という偶然も多い。気づけば、そこが自分の定位置になっている。いつの間に、と少しおかしくなる。
意識して選ぼうとすると、条件が増えすぎて決まらなくなる。静かさ、光、混雑、メニュー、値段、電源、タバコ——全部揃うところはそうない。どれかひとつが「ここでいい」と思わせてくれれば、他のことは大体なんとかなる。
いつの間にか同じ席に座っていて、スタッフが顔を覚えてくれていて、注文するとき少し楽になる。その感覚に気づいたとき、そこが居場所になっている。探すというより、そういう感覚を見逃さないようにする、ということかもしれない。
カフェに限らず、コーヒーそのものも似たところがあると思う。豆も器具も、最初からすべて揃えようとするより、一杯淹れてみて気に入ったものを少しずつ深めていく方が長続きする。ドリップコーヒーの案内もそういう入り口として読んでもらえれば。
どのカフェが居場所になるかは、人によってまったく違う。自分がどういうときに体が落ち着くかを、少しずつ観察していると、だんだん自分の条件が見えてくる。そうなると、初めての店でも席に座ってすぐ「ここは合いそうだ」とわかるようになってくる。座って、ひと呼吸……その一拍で、体の方が先に答えを出している。
そういう感覚を磨くために、いろんな店を試してみることには、たぶん意味がある。